写真家・木之下晃のマエストロ列伝
第132回 ミッシャ・マイスキー
彼は音楽家の中でも、特に人柄が良く、他人に対しての気遣いなど、
サービス過剰と思われる程に行き届き、優しく、温かく、実に誠実だ。
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| 1986年5月22日、昭和女子大学人見記念講堂 |
ミッシャとは、劇的な出会いをした。彼が1986年5月12日に初来日した時、週刊誌の仕事で、ホテルにチェック・インした直後、彼の部屋へ行き、未だ荷物をほどく前に、チェロだけをケースから取り出して、夫人と一緒にベッドの上で撮影した。パリから直行してきたため寝惚け眼になるので、大声で「ビッグ・アイズ」と目を見開かせて撮った。
彼は、全てがはじめてのことで何が何だかよく判らなかったみたいだったが、その時の写真を殊の外気に入って、「ビッグ・アイズ」が2人の合言葉となり、以降、数繁く撮影の機会を持つようになった。今ではミッシャも、この出会いは幸運だったと喜んでいてくれる。
彼は音楽家の中でも、特に人柄が良く、他人に対しての気遣いなど、サービス過剰と思われる程に行き届き、優しく、温かく、実に誠実で、私の大好きな一人である。
彼の父親は経営コンサルタントの会社を持っていて、数々の会社を成功に導いた。しかし妬みから匿名の手紙で共産党に告発され、不遇な時代を迎え、モスクワからラトヴィアのリガに移った。彼の先祖はボゴスラフスキー(神の栄光)という名前だったが、共産主義革命で神が否定されたことから、父がぺルガマイスキーと改名。更にマイスキーと縮めた。
父親は音楽教育は受けなかったが、音楽的な才能があって、ウオツカを飲みながら、ピアノを弾いていた。家には、父が姉の誕生日祝いに買ってきた、銀の美しい装飾が施されたプレートを持つベヒシュタインのグランドピアノがあった。それは第2次大戦後、ドイツ人が残して行ったものだった。
彼がリガでの小学生時代、その後世界で最も有名なバレエダンサーになったバリシニコフと6年間机を並べていた。また1年上にはヴァイオリニストのクレーメルがいた。
チェロは8歳から習い出したが、当時はサッカー少年で、ブラジルのペレに憧れ、十代で、本格的なチームに入って、ミッドフィールダーとして活躍していたという。14歳で名門レニングラード音楽院に進学したので、サッカーからは離れた。また数学にも優れ、先生が母親に「彼は音楽家として大成できなくても、数学者にはなれるから、心配するな」と云われたほど。チェスも好きで、これは集中力を養うために始めた。
彼は、音楽院時代にロストロポーヴィチに師事していた時、無実の罪で逮捕され、強制収容所へ送られるという事件に巻き込まれた。収容所では1日8時間。3シフト制の強制労働が科せられ、セメント工場の粉塵の中で働かされた。食事はトウモロコシの粉や屑の野菜など粗末なもので、飢餓スレスレにげっそりと痩せ細ってしまった。
3年の刑期だったが、1年半で出獄。そのあと2カ月間、自ら精神病を詐って精神病院に入った。それが契機となって、72年に、オンボロのチェロとスーツケース1つを持って、イスラエルに出国。
西側に出たことで、運が巡ってきて、カリフォルニアで最晩年のピアティゴルスキーに師事。またカザルスにも会うことが出来て、彼の前で演奏した時に撮った記念写真が、カザルス最後の写真となった。
現在はベルギーのブリュッセルに住み、同じ街に住むアルゲリッチとは大親友で、世界の各地で協演を続けている。
デザイナーの三宅一生の大ファンで、ステージ衣裳はISSEYを着ている。来日の愉しみの一つは、ISSEYの店でのショッピングをすること。いつも大量に買い込んで行く。

2000年2月3日、サントリーホール
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1992年10月2日、サントリーホール
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2007年10月27日、娘のリリィと。サントリーホール
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Mischa Maisky 1948.1.10.〜
ラトヴィア(当時ソ連領)のリガ生まれ。8歳からチェロを始め、62年レニングラード音楽院に入る。66年、チャイコフスキー国際コンクールに入賞、モスクワでロストロポーヴィチに師事。70年、1年半のゴーリキー付近の収容所生活を体験した後、イスラエルに移住。73年、カサド国際チェロコンクールで優勝、ピアティゴルスキーにも習う。以後、数々の名演奏家、オーケストラと共演、当代を代表するチェリストとして活躍中。
Akira KINOSHITA
音楽写真家。40年以上にわたって音楽をテーマに撮り続けている。そのテーマは「世界の音楽家」「世界の劇場」「世界の作曲家の足跡」「日本の音楽家」「日本の作曲家」「日本の劇場」「オペラ」「バレエ」など、広範囲をシリーズで網羅して展開。本誌をはじめ、数多くの雑誌で連載中。1971年、日本写真協会賞新人賞、85年、芸術選奨文部大臣賞、2005年、日本写真協会賞作家賞などを受賞。07年には紺綬褒章を受章。最新刊に「The
Maestros─マエストロ〜世界の音楽家」(小学館)、「ヴェルディへの旅」(実業之日本社)がある。


